2012年7月3日火曜日

MATECOレポート 【十人素色-決定の論理 その6】


MATECOレポート第七弾は、『十人素色-決定の論理-』にご登壇頂いたグラフィックデザイナー・北川一成氏のレクチャーについて、です。

北川さんはMATECO箱の制作とはまた別に、『色々見本持って行くから』とおっしゃって下さいました。レクチャー当日は沢山の印刷物や貴重な印刷見本をご持参頂き、私たちが望んでいた“リアルな手触り”のあるレクチャーとなりました。

北川さんはまた、多くの著書を出版されていますが、その中にある『わかるとできるはちがうんや!』という一言が、大変強く印象に残っています。
他の会社が真似をすることが出来ない高い技術は、圧倒的な知識と経験、そしてそれらを裏付ける綿密なデータに支えられおり、その蓄積によって常に適切な組み合わせを提供することが“できる”のだ、ということを熱く語って頂きました。

ポートその1その2その3その4その5とも併せて、ご高覧頂ければ幸いです。


Vol.05 「捨てられない印刷物をつくる」 GRAPH 北川一成氏

今回のレクチャー全体を通して印象深かったのは、10分という短い話の中の核心として語られた、逆説的なフレーズでした。
サイン計画をされている八島さんは「色はいかに使わないかが重要」とおっしゃっていましたし、土木建築設計に携わる崎谷さんは「なるべくぎりぎりまで決めない」ということをおっしゃっていました。それらはそれぞれの専門分野の第一線で活躍されているレクチャラーの方々だからこそ発することのできる独自のポリシーであり、それぞれが到達しようとする本質へと近づくための論理であると感じました。

印刷を専門とし、グラフィックを中心としたデザインも手がける北川一成さんは、レクチャーの中盤でこのようなことをおっしゃいました。「やってみないとわからないと言うが、私たちはやってみているのでわかる」と。逆説というよりは、拍子抜けしてしまうくらいの当たり前と言えば当たり前の言葉ですが、そのようなことが言える人はなかなかいないのではないでしょうか。この一言の裏付けをするのは、天分とも言うべき北川さんの優れた色彩感覚と印刷のプロフェッショナルとしての厳格な姿勢だと感じました。

レクチャーはまず、同系色のカラーチップのように、ほんの少しずつ色が違う印刷見本の画像から始まります。以下がレクチャーの内容です。

一般に出回る白い印刷用紙はおよそ2万種類、ほとんど同じように感じられる紙でも、また同じ紙の表と裏でも、全く同じ条件で印刷した時に出てくる色にははっきりとしたばらつきが出てきます。色ブレの原因の一つとしてあげられるのは、インクの乾燥時に起こる「ドライダウン」という現象にあります。

印刷直後の鮮やかな色は、インクを乾かす約1日の間に、種類の違う紙がそれぞれにもつ特質により若干濁ってしまいます。(最近ではそれを防ぐために印刷直後に紫外線を当てることで色を瞬時に定着させるインクもあるのですが、表現できる色の幅が狭いために微細な表現には不向きです。)

精度の高い印刷では、そのばらつきのある色を望んだとおりの色へともっていくことが求められます。通常印刷所では、紙の特質によるある程度の色ブレはしかたがないという説明をするのですが、GRAPHでは20年前からこうした色ブレを最小限にするために、紙に対する色のデータ収集を行なっています。実際に求める色よりも鮮やかな色を刷ることで、違う紙に刷られた色であっても、乾燥後に限りなく同色にできるよう、どの紙にどんな配合でどんな色を刷ったかということを記録していくのです。

1日に約20〜30種類のレシピをつくり座標化していくことで、その膨大な記録から紙の傾向を予測できるようにしています。つまり通常「やってみないとわからない」ことも、GRAPHでは「やってみているのでわかる」という訳です。

こうした色に対しての厳格な数値化とバランスをとるように、色というイメージに結びつきやすい感覚的なものを印刷へ落とし込むための「色の翻訳」という作業についての話がありました。

色を指定する際に、DICPANTONEなどの色見本がよく使われるのですが、色見本として名前のついている色は有限であり、デザイナーなどがイメージする色は無限であるため、当然色見本では指定できない場合も多々あります。そうした場合には、例えばアパレルブランドがシーズンのテーマとする布など、イメージする色と素材の現物を送ってもらうようにしています。

ファッションブランド、ミナ・ペルホネンのシーズンカタログを作った際には、オレンジ色の糸が送られてきて、その色を印刷で再現してほしいという依頼がありました。糸は本を綴じる際に使用するもので、そのオレンジと印刷のオレンジを一致させたいということです。

他にも石や葉っぱなどの自然物が送られてくる場合もありますし、再現したい色が具体的な物ではなく、「ニュートラルな感じ」や「乾いた色」など抽象的な言葉によって語られる場合もあります。色見本やCMYKのパーセンテージによって指定された色を再現することは当たり前で、むしろデザインのコンセプトやクライアントの意図を理解する能力を高め、それらを色へと翻訳していくことに力を入れています。

北川さんは「ゴミにならない印刷物」をつくることを自身の仕事の指針としていると、ある出版物で読んだことがあります。1ヶ月、1週間、または1日で、咲いては散る花のように鮮やかにその役目を終える印刷物を多く見かけますが、北川さんのまるで工芸品のような印刷物には、例えば1年毎に買い替える手帳のようなものであっても、大事な本と同じように戸棚にしまっておきたくなるような力強さがあります。

息の長くあろうとする印刷物が直面する問題の一つは、使用しているインクの退色です。GRAPHでは紙に対する色ブレと同様に、経年によるインクの変色に関してもデータをとっていて、それらのサンプルも会場持参していただきました。

デザインの面では現代の流行や表面的でスマートなかっこよさよりも、より本質的な考え方をされる北川さんですが、印刷に関してもその姿勢は変わらず、職人として当然やるべきことであると同時に、自分という人間にしかできないことをやっていると言っているような印象を受けました。それは今GRAPHという会社が達成し得る技術の精度を最大限高めることと、デザイナーの感覚的言語と職人の扱う数値という異なる言語の翻訳をすることです。

北川さんの静かな語り口調の中に、色に対して、印刷という技術に対して、デザインという仕事に対しての厳格な姿勢を感じた、素晴らしいレクチャーでした。

 
●レクチャラー紹介
北川一成 / ISSAY KITAGAWA
1965年生まれ。GRAPH代表取締役。
2001年、『NEW BLOOD』(六耀社)で建築・美術・デザイン・ファッションの今日を動かす20人の1人として紹介。同年、世界最高峰のデザイン組織、AGIの会員に選出。2011年秋、パリのポンピドーセンターで開催された現代日本のグラフィックデザイン展の作家15人の1人として選抜される。デザインの国際コンペであるNY ADCや、D&AD Awardsの審査員を務めるなど、国内外で高い評価を受ける。JAGDA新人賞、TDC賞など受賞多数。NHKの経済情報番組『ビジネス新伝説 ルソンの壷』で紹介される。関連書籍にブランドは根性_世界が駆け込むデザイン印刷工場GRAPHのビジネス』(日経BP社)など。

●レポート執筆担当
伊藤祐基 / YUKI ITO
1984年生まれ
2009年愛知県立芸術大学美術学部デザイン専攻卒業
2011年 愛知県立芸術大学大学院美術研究科博士前期課程修了
大学院では言葉・身体・空間を研究テーマとし、小説とインスタレーションを中心としたアート表現を模索。現在はランドスケープデザイナーとして様々なスケールでの空間表現に携わる。

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