2013年5月31日金曜日

第二回勉強会『素材が立ち上がるまで-日本のタイル 生産・設計・施工の現場から』 まとめ①

2012年11月2日に実施しました第二回勉強会のまとめを少しづづUPして行きます。

同年6月に実施したタイル工場見学会での体験から、『素材の成り立ちは理解できたが、実際の設計や施工方法等についても学びたい』という要望が多く、マテリアルディレクター・田村柚香里氏やタイル施工店の方、そして自身にとってとても思い入れのある虎屋の京都店の設計をご担当された建築家、蘆田暢人氏をお招きし、タイルという素材について、色々なお話を伺いました。

素材が醸し出す雰囲気や印象、建築家がどのような思想でこの素材を選択したのか。
まとめその①、まずは蘆田氏のお話からご紹介して行きます。

■建築家にとって、タイルとは?
今日はタイルがテーマですが、私は普段設計する際に、素材単品だけについて考えたり話したりすることはほとんどありません。設計という仕事は構造や設備、平面計画など、膨大な情報を扱いますから、素材のことだけを考えている訳には行きません。本日のテーマも実は何をお話すればよいか正直少し悩みましたが、内藤(廣建築設計)事務所時代に担当した虎屋京都店の話から始めて、他の設計者の作品も交えながら、私なりにタイルについて考えたことをお話してみたいと思います。

まずはタイルってなんだろう、というところから入りたいと思います。ラテン語にテグラ(tegula)という言葉があります。これはタイルの語源になっている言葉なのだそうで、このテグラは「ものを覆う」という意味を持っています。

建物は躯体と仕上げという二つの要素でほぼ成立しますが、この2つの要素のうちの仕上げの部分をテグラ(=タイル)という言葉が包含していたと考えると、中々タイルという素材は奥深いなと思いました。そして、この仕上げというものを根本から考えようとしているMATECOは良い視点を持っているなと感じました。

それでは早速、虎屋の京都店について話をしていきます。虎屋は本社が東京にあるので東京のお菓子屋さんだと思っている方もいらっしゃるようですが、もともとは京都が発祥の地で、明治天皇が上京した際に御用菓子として一緒に東京に移った、という経緯があります。本社が東京に移転した後も、京都御所の近くには工場がありましたが、その工場の郊外への移転に伴い、500年以上の歴史を持つ虎屋発祥の地にふさわしいお店をつくろうというところから、このプロジェクトが始まりました。

■和菓子のイメージを表現する素材
この京都店の外装がタイルになった経緯についてお話をしたいと思います。
京都店では奥に庭を持つ店舗側の壁にはレッドウッドを使っていますが、通り沿いのギャラリー部分の壁にタイルを使っています。庭は季節の移ろいによってどんどん変化していきます。その変化する庭に面した店舗の木の外壁も、時間と共にエイジングして雰囲気が出てきます。中庭側にはそのようにどちらかというと時間を背負うような素材を選択しています。

中庭を臨む喫茶スペース。
一方、一条通に面したギャラリーはこの建物の顔とも言え、また御所の方からのアイストップにもなるため、ずっと変わらずに美しい表情が保たれなければなりません。実は当初、版築という土を型枠に詰めたものを使おうと思っていました。ところが版築はモルタル下地からの白華現象が発生する恐れがあることが判明しました。

一条通に面したギャラリーと店舗。
ギャラリー部分は店の顔となる部分ですから、長く美しいイメージが保たれるような材料でなければならない、と考え、タイルであれば接着工法を採用することで白華は防げますし、磁器質の製品であれば表面の退色や汚れは防ぎやすいことから、タイルを採用することとしました。

手のひらに乗るくらいのタイルは和菓子そのもののイメージにもつながります。白でもただの真っ白ではなく、ほのかに桃色というか桜色というか、少しやわらかな可愛らしいイメージのタイルをつくることを目指しました。また形状や釉薬の特徴を活かし、タイルに光が当たった時に少し表情が変わるような、そういう変化もつくりたいと考え、試作の中ではラスター(光彩)や白の中に色の固まり(粒)を入れたものなど、様々な工夫を試みました。

そのようにして23か月くらい、INAX(※現LIXIL)さんと試し焼きを重ねてきました。その回数は正確には記憶していませんが、10数回に及んだかと思います。最終的に選択した手法は白・淡いピンク色・透明の釉薬を数回(45)重ねてかけることにより、なんとなくピンク色がにじんだように感じられる程度、というような塩梅に落ち着きました。

■タイル活かす設計とは
タイルを使うとなると、次は割り付けを考えなくてはなりません。ところがこれがまた苦労の連続でした。ギャラリーのコーナー部分はR面になっていて、上部が少し窄まった円錐形状になっています。タイルを貼るときこの円錐部分は真物だけで行くと上に行くに従って辻褄が合わなくなってきます。それを解く方法として、一枚のタイルを半分に割り(半マスタイル)、それをランダムに配するという方法で解決しました。

半マスタイルを使った割付け
タイルが持つラウンドのある形状と釉薬の影響からか、この壁面は晴れの日と曇りの日で見え方が変わります。晴れの日はかなり白く見えますが、曇りの日は淡いピンク色に見えます。これは完成するまで予想していなかったことで、出来てみてこのような変化を目にし、タイルという素材の面白さを感じました。

次に目地の割り付けについてですが、3ミリ目地で半マスタイルをランダムに配し、目地が縦に通らないようにしています。今回は目地を目立たなくするということを目的に、そのような方法を選択しました。また目地の割り付けについては、誘発目地というのがかなり大きな問題です。写真ではわかりにくいかも知れませんが、実際には縦に2本誘発目地が入っています。

躯体の誘発目地は20ミリ前後ですが、それを目立たせないためにタイル面の誘発目地の巾を最終的に5ミリにまで抑えています。誘発目地には特別な細工をせずに、5ミリの巾のままで通しました。タイルの目地巾と寸法が異なりますが、実際にはそんなには気にならないように仕上がっていると思います。

ギャラリー外観

<2> へ続く

第二回勉強会『素材が立ち上がるまで-日本のタイル 生産・設計・施工の現場から』 まとめ②

※第二回勉強会『素材が立ち上がるまで-日本のタイル 生産・設計・施工の現場から』 まとめ②
建築家・蘆田暢人氏のレクチャーより

■建築家がタイルと目地をどのように扱ってきたか
次に、タイルがデザイン的にどのように考えられてきたか、ということを設計者の立場から私なりに考えたことをお話ししたいと思います。

弘前市立博物館 ©Masato Ashida
これは前川國男さんの弘前市立博物館です。最近弘前に行く機会が多く、時間を見つけては見に行くようになったのですが、改めてプロポーションがとてもきれいだなと思います。

タイル一つとっても縦貼り・笠木・まぐさなど、一つの建物の中でも形状や貼り方のバリエーションが豊かで、かつバランスのコントロールがとても美しいと思います。
前川さんがここで採用した打ち込みタイルという施工方法は、やはりこの時代特有の剥離の問題が大きかったのだと思います。前川さんはテクニカル・アプローチという設計スタンスが特徴で、技術の方からデザインにアプローチをしていく、という彼の考え方が打ち込みタイルには良く表れています。

躯体を守る、という意味ではタイルはとても優れた材料です。コンクリートに直接貼れる、すなわち下地を通さなくていいという合理性があります。またタイルはコンクリートの量塊感を表現するのに適していて、コンクリートととても相性の良い素材だと思います。弘前市立博物館はコンクリートを保護するというタイルの役割と、タイルが剥離してしまうという構造的な弱点を解いたのが打ち込みタイルという方法であり、デザイン・性能・工法の話がきちんと解決できている、という事例なのではないでしょうか。

もう一つ、前川さんの打ち込みタイルで注目したいのは目地なのですが、目地が表面に出てきていません。タイルの形状が工夫され、型枠の裏で目地を詰めています。そうすると表面から見たときにタイルがかなりカチッと納まり、すっきりと見えます。目地が表面に出てくるとどうしても目地の印象が強くなったり、タイルの表情が甘くなったりするという側面があります。

シャープな目地とセパ穴 ©Masato Ashida
とても美しい仕上りなのですが、なぜこの工法が普及しないのかというと、やはり大変な手間がかかるので、現代ではPC板に打ち込むというのが主流になっています

■ポストモダンとタイル
弘前市立博物館は1970年代のですが、次に8090年代、ポストモダンの時代に入ります。この時代にどのようにタイルが使われていたかというと、正方形のタイルを用いた目地がしっかり見える建築が多くあります。

この頃はモダニズムから脱却すべき新たな方法論が模索され、地域性や歴史、あるいは幾何学などにデザインの拠りどころが求められた時代です。それは例えば、タイルの使い方について見れば、槇(文彦)さんのヒルサイドテラスD棟や、磯崎(新)さんのつくばセンタービルなどが例に挙げられます。

ヒルサイドテラスD棟
ヒルサイドテラスD棟。150角タイルを使用
つくばセンタービルはエレベーションを幾何学で構成するという哲学に基づいて微分化するということをやっています。その方法にタイルという材料が合っていたのだと思います。建築をつくる上での最小単位にまで幾何学を徹底する、というスタンスが見られるのがタイルの使い方のこの時代の特徴だと思います。

その極地はジャン・ピエール・レイノーというアーティストの作品ではないかと思うのですが、これは1981年に原美術館で発表されたゼロの空間という作品です。白いタイルと黒い目地の組み合わせにより床・壁・天井すべてをグリッド化して空間を徹底的に抽象化し、幾何学性を浮き立たせることによって異空間のような様相を呈しています。
80年代にはこのような目地の扱いがよく見られました。

■現代建築とタイル
では現代のタイル・目地の扱いはどうかということを見てみましょう。青木淳さん設計の青森県立美術館は鉄骨造の外壁に煉瓦を積んでいます。煉瓦を積んだ後に目地をつぶすように、白で塗装がされています。これはどちらかというと目地を消す方法だと言えるのですが、煉瓦なので近くに行くと素材感・肌合いが見えるというような表現になっています。

青森県立美術館は確か目地巾が15mmだったと思いますが、誘発目地を煉瓦の目地に合わせているので、実際には誘発目地がわかりづらくなっています。最近ではこのような目地を消していくという表現が主流になっていると思います。

虎屋京都店に戻りますと、ここではごく普通のタイルを使っていますが、半割タイルを組み合わせることやランダムな配置にすることで独特の表情をつくっています。和菓子屋ということを意識した時、一つの塊でありながら、表面には柔らかさを出したい、でも目地で細かく分割されてしまってはそのような見え方にはならないかと思います。そのような葛藤の末、目地を消し去ることで建物本体のボリュームが持つ量感を保つことが出来る、という結論が虎屋京都店の目地の取り方です。

タイルの貼り方のバリエーションは結局、目地をどうデザインするかということなのだと思います。この京都虎屋店の例は特殊解ですが、建物全体のコンセプト、あるいは設計の哲学と一致することで、建物としての強さが生れるのではないかと思います。目地の選択にまで哲学を徹底すると、建築としてのクオリティを高めることが出来るのではないでしょうか。

建設という意味で考えるとこれはとても本質的なことです。設計は分割されたものを組み合わせる・積み上げるという行為です。RCだとそれがシームレスにできますので、抽象化にこだわった時代にはそれが主流でしたし、目地のない模型でつくったそのままが建ち上がるような仕上がりになります。
ただ建物は動くものだということを前提とすれば、目地をどう考えるかがとても重要です。誘発目地を嫌う建築家も多いのですが、これはどうしてもセットで考えなくてはならないと思います。

■今の技術と向き合い、建築をつくるということ
最近私はテクノリージョナリズムという造語を考えています。例えば21世紀になり、色々な技術が現在では世界標準になってきています。様々な材料、工業製品を生産するための技術に関する地域差がなくなってきているということを考えると、技術と地域をつなげるというつくり方があるのではないかと思うのです。

例えばタイルはどこの国でもつくっていて、その技術は基本的には同じです。ところが原料の土や釉薬等により同じ技術でつくっても仕上がりは違ってきます。タイルをつくる技術は広がるけれど、出来上がるモノの質としては地域性を持つ、ということの典型になるのではないかと思います。

そうした歴史の積み上げという視点で考えると、たとえば京都は伝統的なまちだと言われますが、実は何でも先進的にやってきたという歴史があります。小学校は京都が発祥ですし、煉瓦の洋館の誕生も東京とほとんど同時です。素材に対してもただ古いものをそのまま使うとか、地場産のものだけでつくるという過去に固執した考え方ではなく、今という時代をまちにどう植え付けて行くというか、今の技術や文化でまちをつくって行けば、それが本物でさえあれば、その地の歴史になっていく、と考えています。

今の技術がどこまで行っているのかを徹底的に見据えて、ものを積み上げるというのが建築家の仕事なのではないかと思うのです。


2013.05.31 
文責・加藤幸枝


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2013年5月7日火曜日

素材色彩研究会MATECO連続セミナー『都市・まちの素材と色彩』 開催のお知らせ



素材色彩研究会MATECOでは、都市・まちの素材と色彩をテーマとした連続セミナーを実施します。
世界の様々な都市の地域性豊かな素材・色彩について、現地に渡航・滞在経験のある方々にご紹介頂くことの他、それぞれの分野に係わりのある素材や色彩が、その地でつくりあげられてきや景色の成り立ちを紐解いて行きたいと考えています。
その地域特有の景色の生成に大きく影響を与えている素材や色彩、独自の工法等にフューチャーすることにより、素材と色彩の関係性やそれぞれが持つ構造を探り出したいと思います。またその地域ならではの素材と、その地理的環境や状況における素材や色彩の使われ方を学び、日本のまちの保存や再生、そしてより豊かなまちなみの創造に向けて役立てて行きたいと思っています。

初回のゲストは建築家の山道拓人さん、聞き手には同じく建築家の西田司さんをお招きします。山道さんは2012年、南米・チリのELEMENTAL/Alejandro Aravena Architects に勤務されていました。このチリでのご経験に加え、日本でのご自身の実践を交えながら、まちの素材や色彩という切り口で豊かな社会のあり方についてお話頂き、参加して下さる皆さんとも議論を深めて行きたいと考えています。

連続セミナーのお知らせ

第一回のゲスト・テーマと聞き手のご案内
●日時:2013616日(日) 1330開場 1400開演 1730終了予定 

●場所:代官山ヒルサイドテラス E棟ロビー

●第一回ゲスト
山道拓人(建築家)× 聞き手:西田司(建築家)
第二回ゲスト/吉田愼悟(色彩計画家)・第三回ゲスト/蘆田暢人(建築家)
※二回目以降は予定

●お申込み
お名前・連絡先・所属を明記の上、以下メールアドレスよりお申し込みください。
●定員

●参加費
1,000円(ワンドリンクつき)